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現在は、バブルや否や

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 先週の月曜日、8月5日に株価の4451円の暴落が起きた。その前に8月2日にも2216円の下落となっているので、合計するとすさまじい値下がりだ。これを日銀の利上げや植田総裁の発言のせいだと非難する人たちもいるし、単なる短期的な調整と見る投資関係者もいる。現在の株価がいわゆる「バブル」でこれからも暴落を続けるのだろうか。それとも、そんなことはなく、再び安定したり上昇軌道に戻るのだろうか。もちろん、ぼくにはどっちだか判断がつかない。つくはずがない。(確実な判断がつくぐらいなら、こんなブログを書く暇に、株を買うか空売りするかしてるがな。笑)。判断はつかないが、もしも現在が「バブル」であるなら、それはとても重要な問題なのだ。そんなわけで今回は、経済学者の立場から「資産バブルの問題」について解説したいと思う。

 その前に、宣伝をひとつ。

今年は宇沢弘文先生の没後10年にあたり、記念のシンポジウムが企画されている。ぼくも登壇するので、是非とも皆さんにお知らせしたい。それは以下。

宇沢弘文没後 10 年記念シンポジウム
主催:宇沢国際学館

共催:学習院大学経済経営研究所・科学技術研究費基盤(C)「無形資産の生産力効果」
開催日:2024 年 8 月 24 日(土曜日)

開催場所:学習院大学西 5 号館 B1 教室   オンライン配信

(プログラム)
9:45 主催者あいさつ 占部まり(宇沢国際学館代表取締役)


1 10:00~11:00 社会的共通資本理論の再検討 浅子和美(一橋大学名誉教授)×宮川努(学習院大学教授)


2 11:15~12:00 宇沢弘文の数学 安田洋祐(大阪大学教授)×小島寛之(帝京大学特任教授)


(昼食休憩)

3 13:00~14:15「定常型社会」と「資本主義の新しい形」 広井良典(京都大学教授)×諸富徹(京都大学教授)×松下和夫(京都大学名誉教授)

4 14:30~15:15 21 世紀のコモンズ論 三俣学(同志社大学教授)×茂木愛一郎(前学習院大学非常勤講師)

(休憩)
15:30~「宇沢弘文追悼メッセージ」(ビデオ上映)
(2014 年制作・約 25 分:(出演)ケネス・アロー、ロバート・ソロー、ジョセフ・スティグリッツ、ジョージ・アカロフ)

5 16:00~17:00 宇沢弘文マクロ経済学清滝信宏(プリンストン大学教授)

ぼくの討論相手は、経済学者として業績をつむだけではなく、マスコミなどほうぼうでも大活躍の、そして相変わらずイケメンの安田洋祐先生だ。5年前の没後5年のイベントでも討論させていただき、今回はそれをお互いに発展させたものになると思うので、大変楽しみである。

それより何より、トリをつとめてくださるのは、あの、日本を代表する、世界的な経済学者の清滝先生だよ。一般の人はなかなかお目にかかれない学者だぜ。このチャンスを逃す手はないと思うぞ。しかも無料だ。お申し込みは下記からどうぞ。

宇沢弘文 没後10年記念シンポジウム 申し込み

 

さて、「バブル」の話に戻ろう。もしも現在の株価がバブルならどうして大問題なのか。それについて、拙著『シン・経済学 貧困、格差および孤立の一般理論』帝京新書から引用しよう。

注目すべきことは、バブルがはじけたあとに長期不況がやってくることです。南海泡沫バブルでも、オランダ・チューリップ・バブルでも、アメリカ資産バブルでも、その崩壊後に長期不況がやってきています。日本の80年代バブルの崩壊後も、日本は長期不況「失われた30年」に見舞われることになりました。2008年のリーマン・ショック低所得者向け住宅ローン(サブプライム・ローン)の債券バブルの崩壊に起因したもので、世界中を不況にひきずりこみました。(p26)

では、なぜ、バブルがはじけたあとに長期不況がやってくるのか。それについても本書での説明を引用する。

その理由を一言で言えば、「資産バブルと長期不況は同じ現象だから」ということになります。

 成熟社会においては、人々の興味が消費から資産に移ることを説明しました。資産選好が強くなる、ということです。こうなると人々は、所得のほとんどを資産に積み増すようになります。この状況では、資産価格は必然的に高騰していきます。例えば、人々がこぞって、所得で消費財を買うのではなく、株を買おうとすれば、株価はどんどん上昇します。(中略)。

しかし、資産価格があまりに高騰すると、人々は資産の信用性に疑いを持ち始めます。こうなった瞬間、バブルの崩壊がやってきます。人々は我先にと資産を手放そうとするからです。これがバブル崩壊のメカニズムです。

バブル膨張とバブル崩壊のメカニズムが資産選好から来ることを理解すれば、バブル崩壊後に長期不況が到来する理由もわかります。それは、バブルの源泉であった資産への信頼が崩れたため、人々は「際限ない金持ち願望」を満たすために別の標的を求め、それが貨幣になるからです。

人々は資産選好を貨幣保有から満たそうとします。貨幣は政府が後ろ盾になっているので、最も信頼性の高い資産だからです。すると、人々は所得を消費ではなく、貨幣保有にまわします。このことはモノが売れない状態を生み出し、物価の下落をもたらします。これがデフレーションです。

 デフレーションとは物価の継続的下落ですから、これを裏側から見れば、貨幣の価値の継続的な上昇ということになります。これはまさに「貨幣のバブル」と呼ぶべき状況です。つまり、長期不況とはバブルの変種であり、強い資産選好のもたらす災いなのです。(p56)

以上は小野善康さんの不況定常均衡モデルから解説したものだ。(小野モデルについては、これこれこれのエントリーを参照のこと)。もっと詳しく知りたい人は、是非とも拙著をお読みくだされ。とにかく、バブルがはじけることは長期不況を呼び出すことにつながる。だから、バブルは大きくなる前に潰す必要があるのである。

 バブルとは何なのかを理解してもらうために今回は、「バブルの経済モデル」について解説する。参照するのは、Blanchard & Fischer「Lectures on Macroeconomics」だ。なぜこの本を本棚から取り出したのか。それは実は、大学院のときに植田・日銀総裁からこの本に沿って「バブルの経済モデル」を教わったからなのだ(ほんとの話)。

 まず、株などの資産価格を決めるための「裁定方程式」を知る必要がある。

r=\frac{(p^e_{t+1}-p_t)+d_t}{p_t}

ここで、p_tt期の株価、p^e_{t+1}t+1期の株の予想価格(記号eはexpectation(期待)を意味する)。d_tt期の配当、rは利子率である。この等式が成り立つ理由はこうだ。すなわち、株を1単位所有するときの予想収益は、配当d_tと値上がり益(キャピタル・ゲイン)p^e_{t+1}-p_tを加えたものである。したがって、株保有の収益率はこの和を1株の購入価格p_tで割ったものとなる。これが、利子率rと一致しなければならない。なぜなら、もしも利子率より大きければ、預金から株へ資金の移動が起きるし、逆なら逆の移動が起きるからだ。

この裁定方程式の分母を払ってp_tの1次方程式として解くと、

p_t=ap^e_{t+1}+ad_t where a=1/(1+r)

となる。この式が意味するのは、「株の現在価格は次期の予想価格から決まる」ということだ。すると、来期の価格は同様にして来来期の予想価格から決まるから、めぐりめぐって、今期の価格も来来期の予想価格から決まることになる。これを逐次的に実行すれば、今期の価格は遠い将来の予想価格から決まる、ということになるのだ。

さて、p^e_{t+1}をもっと詳しく書くと、E(p_{t+1}|I_t)と表現される。ここで、E(  )は確率的期待値、I_tt期に利用可能な情報である。したがって、E(p_{t+1}|I_t)は、情報I_tの下での来期の価格の期待値ということになる。すると、先ほどの方程式は、

p_t=aE(p_{t+1}|I_t)+ad_t 

と書き直せる。

E(p_{t+1}|I_t)の定義としてよく知られているのは、統計学の回帰分析、ベイズ推定、測度論の情報増大系などだ。最初の(ルーカスやサージェントが使っている)だと、これまでの価格などから次期の価格を回帰してそれをE(p_{t+1}|I_t)とする。二番目だと、これまでの価格などからベイス推定を行った予想価格をE(p_{t+1}|I_t)とする。どれでやるにしても、次の公式が役に立つ。

E(E(x|I_{t+1})|I_t)=E(x|I_t)

これは「the law of iterated expectaion」で、「期待値の繰り返し公式」と呼ばれるものだ。言葉で言えば、「明日利用可能な情報を利用して作る予想を、今日利用可能な情報で予想するなら、単に 今日利用可能な情報で作る予想と同じである」ということである。これを利用すると、a^{T+1}E(p_{t+T+1}|I_t) \to 0 \qquad(T \to \infty)

という仮定の下で、株の価格が次のように決まる(期をずらして期待値E(|I_t)をとり、the law of iterated expectaionを使えば出せる。やってみて欲しい)。

p^{*}=\sum_{k=0}^{\infty}a^kE(d_{t+k}|I_t)

ちなみに上記の仮定は、予想価格が大きくなるスピードはa^kが0に近づいていくスピードほどではない、ということを意味する。このp^{*}を「ファンダメンタルズ価格」と呼ぶ。ファンダメンタルズ価格の意味は、この株を買わずにその額を預金すれば、将来得られる利子の総額が予想配当額の総和と同じになる、ということ。言い換えると、「配当予想の利子率で割り引いた現在価値の総和が現在の株価」になる、ということだ。当たり前といえば当たり前の話。ファンダメンタルズ価格は当然、上記の裁定方程式の解となっている

 さて、いよいよバブルの話に移る。ここで、p_t=p^{*}+b_tとおいて、b_tが0でないような解が可能かどうかを考えよう(任意のtに関してb_t=0なら、これはファンダメンタルズ解)。b_tをまさに「バブル項」と呼ぶ。これを先ほどの裁定方程式p_t=aE(p_{t+1}|I_t)+ad_tに代入すると、

p_t^{*}+b_t=aE(p_{t+1}^{*}|I_t)+aE(b_{t+1}|I_t)+ad_t

が得られる。ファンダメンタルズ解p^{*}は裁定方程式を当然、満たしているから、p_t^{*}=aE(p_{t+1}^{*}|I_t)+ad_tが成り立ち、したがって、これを両辺から相殺することで、

b_t=aE(b_{t+1}|I_t)

と変形できる。この式が意味するのは、次期のバブル項の予想値にa(=1/(1+r))を掛けると今期のバブル項になる、ということ。これを満たすp_t=p^{*}+b_tが「バブル解」となる。この式はE(b_{t+1}|I_t)=a^{-1}b_tと同値。したがって、期をずらすと、E(b_{t+2}|I_{t+1})=a^{-1}b_{t+1}。この期待値をとって、E(E(b_{t+2}|I_{t+1})|I_t)=a^{-1}E(b_{t+1}|I_t)。the law of iterated expectaionから、E(b_{t+2}|I_t)=a^{-1}a^{-1}b_t=a^{-2}b_tとなる。つまり、E(b_{t+k}|I_t)=a^{-k}b_tが得られる。a^{-1}=1+r は1より大きいから、バブル項の予想は指数的に大きくなって行かなくてはならない。

 このように、例えば、バブル項がb_t=(1+r)^tb_0であるような、p_t=p^{*}+b_tも裁定方程式を満たすので、株価の経路としては「考え得る」。これは、「ever-expanding bubble」と呼ばれる。けれどもこれは、人々が「株価はいくらでも、無限大の大きさまでも、高くなり得る」と予想していることなので、「数学的には可能」だけど、現実味があるとは言えない。例えば、「1株の価格が世界のGDPの合計より高くなる」などということは到底想像し得ないだろう。だって、その株で地球上の全商品を購入できちゃうわけだからね。そういう価格になる前の前のずっと前、天文学的に前の段階で、株をモノに換えようとするに違いない。

 しかし、もう少し現実味のある「バブル解」が存在する。それは、「Bursting Bubble」と呼ばれる解だ。それは、E(e_{t+1}|I_t)=0を満たす{e_t}を設定して、バブル項b_tが、確率qb_{t+1}=(aq)^{-1}b_t+e_{t+1}となり、確率1-qb_{t+1}=e_{t+1}を満たすような確率的プロセスだ。このようなb_tは、b_t=aE(b_{t+1}|I_t)を満たすのが簡単に確かめられる。したがって、このb_tに対するp_t=p^{*}+b_tは裁定方程式を満たす。この株価p_tは確率qで次期にファンダメンタルズ価格からはずれたまま、バブル項が(aq)^{-1}倍に膨張する。そういう意味で、「株価のバブル的膨張」を表現できている。しかし、このプロセスが前のものよりも現実的なのは、このような膨張が永遠には続かない、からなのだ。確率qの出来事が2回連続で起きる確率はq^2、3回連続で起きる確率はq^3、とどんどん小さくなって0に近づいていく。したがって、いつかもう一方のできごと、b_{k+1}=e_{k+1}が起きて、株価はファンダメンタルズ価格に戻ってしまう。このメカニズムが、「Bursting Bubble」の名の由来なのだ。

 ぼくが大学院で植田先生(現・日銀総裁)にこのモデルを教わったとき、先生は突如、黒板に折れ線を描いた。そして、実名の企業を上げて、「これは私が以前に保有していた株の価格の推移です」と仰った。続けて、「このように値上がりして行きましたが、このあたりで私は怖くなり、売ってしまいました」というニュアンスのジョークを言って話を終えた(ように記憶している)。そういう脱線は稀だったので、今でも覚えているのだ。そんなこんなで、植田先生は今回、「私個人の所有株への恐怖」ではなく「国民たちの恐怖」を考えて、利上げをしたのかもしれないね(もちろん、冗談ですよ)。

 今回は、合理的期待形成の立場からのバブルモデルを解説したのだけど、これは「バブルがはじけると不況が到来する」ことの説明にはなっていない。次回は小野モデルの立場からのバブル崩壊とその後の長期不況のメカニズムを解説する予定だ。お楽しみに。そして、拙著↓もよろしく。

 

 

 

 

 


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