7月は期末試験の準備と採点があって、なかなかブログを更新できない。そんな中だが、がんばって、数学書を一冊紹介しよう。それは、デュピュイ『ガロアとガロア理論』東京図書(辻雄一・訳、辻雄・解説)だ。とは言っても、この本を勧める理由は、デュピュイの書いた本体部分にはない。ガロアの実像については、加藤文元『ガロアー天才数学者の生涯』(中公新書)など、優れた最新の検証文献がある。わざわざ、古い本書を読む必然性は薄いと思う。本書を薦めるのは、全体の半分もの分量を占める「おまけ」部分がすばらしいから、なのだ。
むかし、ビックリマン・チョコというのがあって、子どもがおまけのシール欲しさに買ってチョコを捨てる、ということが噂になって、社会問題化したことがあった。そのときは、「さすがに自分の幼少期は貧しかったから、買ったチョコを捨てはしなかった。でも、本心では、おまけが欲しくて買ってたよな」と思ったものだった。パラソルチョコレートとか、グリコ・キャラメルとか、鬼太郎チョコなど。そういうのと同じ意味で本書は、「おまけ目当て」で買うべき本、と言うべき画期的な本なのだ。
おまけとして付いているのは、辻雄さんの「第2部 ガロア理論とその後の現代数学」。これは、ガロア理論の解説から始まって、「5次以上の方程式には、四則計算とべき根による解の公式はない」という定理の証明を経て、その後の数学の進化、すなわち、類体論や楕円曲線の数論や保型形式などの数論幾何へと解説を進めるもの。19世紀のガロアから始まって、あれよあれよ、という間に、ワイルズのフェルマー予想解決まで到達する解説なのである。
この辻さんの解説文を読んで、ぼくはとても嬉しかった。それは、拙著『天才ガロアの発想力』技術評論社と、辻さんの解説が似ている、と思えたからだ。こういうと、「東大教授であり、数論幾何の最前線の数学者と、お前は肩を並べているつもりか」と叱られてしまいそうだ。でも、二つの点で、ぼくはそう言える勇気を持っている。第一に、辻さんの解説の組み立て方、例の使い方、証明の入れ方、がぼくの本ととても似ていること。第二は、過去に、辻さんと某所で一定期間ご一緒し、何度も会話をさせていただいたことがあるので、そう言っても無礼にはあたらない、と思えることだ。辻さんと最初にお会いしたのは、彼が高校生の頃だったけど、当時からもう天才性を爆発させていた。にもかかわらず、(受験数学だけが得意な輩には典型的に見られるような)鼻持ちならなさや傲慢さが全くなかった。ぼくは、「こういう人こそが、将来、本物の数学者になるのだろう」と思ったものだった。そして、実際、その予感通りになった。それも嬉しいことの一つである。
以下、辻さんの解説についてまとめるが、エンタティメント性を意識して、「ぼくの本との将棋対戦」のように展開していこう。流行の将棋ソフトの評価値みたいな感じで進める。(もちろん、単なる冗談だからね)。刊行順に、先手は拙著、後手は辻さんの本書とする。数値は、先手から見た評価値だ。
(第一・五分位まで)
群を多角形の重ね合わせで解説(2面体群)→2次方程式の解の公式を群から導く。
ここまでは、ほとんど拙著と同じ構成、同じ解説の仕方。先行している分、拙著の優勢(+300)
(第二・五分位まで)
3次方程式の解を添加した体の性質→ガロア群の構造が正三角形の2面体群→3次方程式の解の公式をガロア群から導く。
ここも、拙著とほぼ同じ構成。しかし、解を追加して体を拡大する解説や、解の公式を導く手筋は、拙著よりかなりエレガントで、その分、差を縮められ、互角となる(+170)
(第三・五分位まで)
ガロア群の説明→ガロアの基本定理の解説。
具体例を用いてガロア理論の本質を理解してもらおう、という戦略は拙著と同じ。ただ、さすがプロの数学者、解説が簡潔にして的を射ている。ガロアの基本定理について、その「ココロ」を伝えることに集中し、厳密な証明をカットしているところも拙著と同じ。この辺の辻さんの解説の仕方を読むと、ぼくの方針が間違っていないことが確認でき、嬉しくなった。ガロアの基本定理で本質に思える「剰余群」については、辻さんは脚注で与えるのみとしている。「剰余群がわかりにくいだろう」という感触はぼくも共有している。だから、ぼくは丁寧に解説し、辻さんは脚注回しにした。ここは、拙著のほうが良いと(ぼくは)思う。したがって、先手・後手、双方がそれぞれポイントをあげたので、互角のまま(+80)。
(第四・五分位まで)
べき根拡大体のガロア群→クンマー理論→アーベル拡大体→5次方程式が可解でない証明
ここではもう、辻さんの書き方がポイントをあげ続ける。さすが、プロの数学者。それも単なる数学者ではなく、天才数学者だ。5次方程式が可解でない(四則計算とべき根だけでは解けない)ということに、一直線で、最短最良の解説をしている。ここに「クンマー理論」なるものを挟んでいるのがミソなのだ。これは、「原始n乗根を含む体Kのアーベル拡大が、Kの数のn乗根をいくつか加えることで得られる」というものだ。ぼくの本にも、本質的にはこれと同じことを書いたけど、こんなにエレガントには書けなかった。その上で、方程式が可解である、ということと、方程式の解を添加した体のガロア群に、ある性質を満たす正規部分群の列が存在することとが同値である、という定理を見せる。ここも、正直言って、辻さんの見事な差し回しにやられてしまった。なによりすごいのは、5次方程式のガロア群がS5のときそのような正規部分群の列が存在しない、という証明だ。とてもわかりやすい、エレガントな証明である。ぼくは、こんなみごとな証明を知らなかった。なので、拙著ではこの部分は省略してしまったのだ。そういうわけで、後手が圧倒的にポイントを稼ぎ、後手優勢(−800)
(第五・五分位まで)
類体論→クロネッカー・ウェーバーの定理→フロベニウス写像→代数的整数論→楕円曲線→等分点へのガロア群の作用→ガロア表現→虚数乗法論→保型形式→フェルマー予想
ぼくがのけぞり、(かぶってない帽子を)脱帽し、そして最も勉強となったのは、ここの部分である。これまで展開してきたガロア理論が、どのように現代の最前線の数学に進化していくかが、平明に語られる。正直言って、ガロア表現をここまで簡単に解説した本は見たことがない。というか、理解できるようになるのには相当な努力が必要だろうと戦々恐々だったガロア表現が、そんなに簡単なことだったのか、とため息が出た。
とにかく、この部分で重要なのは、「フロベニウス写像」というのを体得することができることだ。これは、「p乗する写像」のことなのだけど、いろいろな対象に同型を引き起こすので、非常に有力なアイテムだ。例えば、有限体上の楕円曲線のゼータ関数に関するリーマン予想(ヴェイユ予想)は、このフロベニウス写像を上手に使うことによって証明できる。どうもこの写像が、現代の数論のポイントなのだろうとはわかっていたけど、本書を読むことで、相当な天啓を得ることができた。
とにかく、この第五分位のパートを読むだけで、本書を読む御利益の相当部分が得られるのである。ここは、ぼくには逆立ちしたって書くことができず、最先端の数学者の面目躍如である。なので、後手勝勢(−9999)。
こんな風に本書は、とんでもない「おまけ」がついている商品なのだ。しかも、もれなく「金のくちばし」がついているようなお得な商品である。数学ファンなら、買わない手はない。読まない手はない。
ぼくの希望として、辻さんに、本書のような筆致で、「おまけ」でなく、まるまる本体の、数論幾何の本を書いてほしい。是非、是非。