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ルート数のダンジョン、横から見るか、上から見るか。

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 ずいぶん、間があいてしまったが、今回は「2次体の数論」の話、もっと簡潔に言えば、ルート数の魅力的な世界についてエントリーしようと思う。

 その前に、音楽の話をちょっとだけ。

ぼくが、Tricotという日本のバンドを好きなことは何回も書いてきた。例えば、直近では、次のエントリーだ。

Tricotの無観客ライブは、本当にすばらしかった。 - hiroyukikojima’s blog

そのTricotは今週にも、オンライン有料ライブ(課金+投げ銭)「猿芝居vol.2」を実施した。こっれがまた、すっばらしいライブで、感動しまくった。今回は、ファンからのリクエストの上位10曲を演奏する、というすばらしい企画。さすがTricotファン、リクエストの投票がめっちゃマニアックで、的を射ていた。すべてぼくの聴きたい曲だった。たった一つ残念だったのは、ぼくが最も好きで、一度もライブで聴いたことのない「42°C」が選ばれなかったこと。ぼくが投票しなかったのは、きっとみんなが投票してくれると信じていたからだ。笑

 新型コロナは、世界をいろいろ変えてしまったと思う。大部分は、「やもうえない変化」「悪い方向の変化」だけど、ごく少数だが、「良い変化」「必然的な変化」「気づきをもたらす変化」があったと思う。

 Tricotの無観客オンライン・ライブはその一つ。彼らのライブはだいたい、スタンディングのライブハウスで行われており、ぼくのような老人には正直きつい。さらに、背も低いので、ステージが見えず二重苦だった。それが、オンライン・ライブだと、疲れず、感染の危険もなく、好きな時間に安全に、ステージ上をまるごと観ることができる。こんなすばらしいことはないと思う。Tricotは、新型コロナ収束後も、是非、これを続けてほしい。

 もう一つ。ぼくの大学ではオンライン講義が実施されているが(少人数は対面)、オンライン講義のほうが勉強しやすい学生がかなり多くいる、ということが明らかになった。音声を何度でも聴くことができるし、掲示板での質問は敷居が低いし、オンラインでの確認テストは何回でも入力できる(ように設定している)から、納得するまで勉強できる。大学での講義様式も、きっと、新型コロナ後に変化していくのだろう。

 さて、本題に入ろう。

今回は、「2次体の数論」の本を紹介する。ネタ本は、山本芳彦『数論入門』岩波書店である。現在、この本を精読している理由は、雑誌『高校への数学』東京出版の今年度の連載で「ルート数の冒険」と称して、2次体の魅力を中学生たちに布教しているからである。(興味ある人は是非、連載を読んでほしい)。

 

数論入門 (現代数学への入門)

数論入門 (現代数学への入門)

 

 この本は、数論全般を扱っているが、「2次体の数論」に多くのページを費やしている。

 2次体というのは、mを平方数でない(正負の)整数とするとき、「(有理数)+(有理数)√m」という形の数の集合(ℚ(√m)と記す)のことをいう。このような数に対する整数論を展開するのである。

 この本の最も大きな特徴は、「(有理数)+(有理数)√m」の中で、「(整数)+(整数)√m」という集合の持つ数論的性質を詳しく調べていることだ。本書では、この集合「(整数)+(整数)√m」を整域ℤ[√m]と呼んでいる。

  整域ℤ[√m]は(有理)整数と類似した世界として扱うことができる。例えば、ℤ[√m]において「a+b√mがc+d√mの倍数である」ということを、「(a+b√m)=(c+d√m)(x+y√m)となるℤ[√m]の要素x+y√mが存在する」と定義すれば、倍数・約数の概念を定義することができる。そうすれば、「素数」にあたる概念も導入することができるようになる。ただし、(有理)整数の世界では、素数pは「pがこれ以上、(1以外の数で)積に分解できないこと」と「pがabを割り切るなら、aまたはbを割り切る」と両方の性質を持っているが、整域ℤ[√m]ではこれを区別しないとならない。すなわち、前者を「既約元」、後者を「素元」と呼び、一般には異なるのである。後者のほうが大事であり、後者が素数に対応する。(後者ならば前者、は必ず成り立つ)。

 2次体の数論で最も面白いところは、前者と後者のずれが起きることなのだ。

例えば、m=2のときの整域ℤ[√2]では前者と後者が一致する。したがって、既約元たちの積への分解について「既約分解の一意性」(素因数分解の一意性に対応する性質)が成り立つ。他方、m=10のときの整域ℤ[√10]では、前者と後者は一致しないので、「既約分解の一意性」が成り立たない。

 整域ℤ[√m]という「(整数)+(整数)√m」タイプの数の代数世界は、中学生にもなじみの深いものだ。これが、(有理)整数世界と似ている部分を持ちながら、違う正体、異なる顔も持っている。これはとても深淵なことではないか!

 山本芳彦『数論入門』の優れている点は、まさに、この整域ℤ[√m]をダイレクトに扱っていることだ。通常の数論の本では、整域ℤ[√m]ではなく、「2次体ℚ(√m)の整数環」というのを解説する。これは、ℚ(√m)の中の数で、(xの2乗)+ax+b=0(a, bは整数)という2次方程式の解となる数の集合のことだ。したがって、「(整数)+(整数)√m」だけではなく、「(有理数)+(有理数)√m」のタイプの数も一部混じることになる。例えば、(xの2乗)+x+1=0の解は、(-1+√-3)/2なので、これは「2次体ℚ(√-3)の整数環」の「整数」となる。このような集合を考えるのには必然性があるのだけど、(素イデアル分解の話につなげる必然性)、素人しては、やはり素朴な整域ℤ[√m]での数の振舞いを先に見ておきたい。この本は、それをやってみせてくれる稀有な本なのである。非常に簡単な工夫だが、これまでこういうことをやった数論の本はぼくは知らない。

 この本での整域ℤ[√m]に関するアプローチは、おおざっぱにまとめると、次のようなものだ。(m=3を例に説明する)

 (1) 素数pが「(xの2乗)-3(yの2乗)」という形式で表されるのは、どんなときか? (2次形式)

 (2) 3が素数pを法として平方剰余となる(3が平方数と合同になる)のは、どんなpか? (平方剰余相互の法則)

 (3) 整域ℤ[√3]の集合で、(有理)素数pが素元になるのはどんなときか? (素元分解整域)

この3つは、相互に緊密な関係を持ち、同じ根っこを持った問題なのである。これは、数論の本領であり、実にエキサイティングなことだと思う。それを、深い理論を使わずに、非常に初等的に証明するのが、この本の面目躍如なところだ。また、豊富な例と具体的な計算が投入されているのも他書に差をつけている。

 ただ、以上のことはこの本の欠点にもなっている。

なぜなら、通常の代数的整数論の本で必ず解説されている「イデアルの包含関係は、約数・倍数関係」や、「素イデアル分解の一意性」や、2次体の類数についての「ミンコフスキーの公式」など、重要な定理が証明なしで掲載され、それを前提に解説が進むことである。これらを証明するには紙数が足りなかったのだろう。また、どうやったって、初等的では済まなかったからなのだろう。

 この点を補うには、以前に

高木貞治『初等整数論講義』の続きで読むべき数学書 - hiroyukikojima’s blog

で紹介した、小野孝『数論序説』裳華房が最適であろうと思う。

 この本は、上記のエントリーで書いた通り、代数的整数論の解説書として最も優れた構築をしている本だと思う。「2次体の整数環」についての諸性質を示す場合にも、もっと広い「代数体」全体の性質を見たほうが近道なのだ。例えば、「イデアルの包含関係は、約数・倍数関係」とか、「素イデアル分解の一意性」とかは、この本ではガロア理論を援用して、非常に鮮やかに証明されている。したがって、山本版で省略されている証明を知りたかったから、小野版にあたるのがいいと思う。

 山本芳彦『数論入門』は、ルート数のダンジョンという魅力的な世界を、横から見て、楽しく冒険する本である。他方、小野孝『数論序説』は、そのダンジョンを高見(代数体のガロア理論)から俯瞰して、ダンジョンの構造をまるっと掌握する本である。どちらが好きかは、好みと知識のあり方に依存するだろう。

 山本芳彦『数論入門』の奥付によると、この本は2003年に刊行され、山本先生は翌年の2004年に亡くなっている。覚悟の上で書いたのなら良いが、そうでないなら、この本の行く末を見届けずに他界したことはさぞ無念であったろう。(合掌)。

 

数論序説

数論序説

  • 作者:小野 孝
  • 発売日: 1987/01/25
  • メディア:単行本
 

 

 

 

 

世界は素数でできている (角川新書)
 

 

 


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