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酔いどれ日記17

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今夜はシャンパンを飲んでいる。DRAPPIERというやつで、そんなに高価ではないが、なかなか美味しい。いい具合に酔っ払っている。

今回は、数学における「完全系列」のことを書いてみたいと思う。

完全系列というのは、 0 \rightarrow A \rightarrow B \rightarrow C \rightarrow 0というふうに、集合A, B, C準同型写像( f_1:0 \rightarrow A, f_2:A \rightarrow B, f_3:B \rightarrow C, f_4:C \rightarrow 0)で繋がれているもので下で述べる条件を満たすものを言う。ここで「準同型」とは、代数的構造が保存される写像のことである。例えば、A, Bが群なら、積が保存される写像(すなわち、 f(x \circ_A y)=f(x) \circ_B f(y))で、A, Bが環なら、和と差と積が保存されるような写像のことだ。これらの準同型 f_1, f_2, f_3,f_4が、すべて、「(f_iの像)=(f_{i+1}の0の逆像)」を満たすものが「完全系列」なのである。正式に書くと例えば、Im (f_2)=Ker( f_3)などとなる。

 f_1,f_2 f_3,f_4に対しては簡単になる。Im(f_1)=f_1({0})=0だから、0=Ker(f_2)となり、これは f_2単射であることを意味する。また、Ker(f_4)=f_4^{-1}(0)=Cだから、 Im(f_3)=Cとなって、 f_3全射であることを意味する。だから、わかりにくい条件は、Im(f_2)=Ker(f_3)ということだ。

 この完全系列は、少し進んだ数学をやると多くの分野に登場する。高校から大学2年ぐらいまでは、多項式微分やベクトルが数学の「言語」だったのに、いきなりこの完全系列があたかも現代数学の「日常語」のように登場することになるので、多くの数学徒はひるまされる。

 ぼくが完全系列を最初に目撃したのは、数学科に進学が決まった2年後期だったと記憶している。演習の授業で、学生それぞれに問題が割り当てられて黒板で解答させられた。そのとき、ある同級生が、すごく簡単な問題を完全系列を使って解答した。別に完全系列なんて使わなくても、普通に定義通りに考えれば解けるような問題だった。でも、演習の教官は、「すごいですねえ」と絶賛した。その光景をぼくは、95%の羨望と5%の反発で眺めていたものだった。その後、親しくしていた数学科の友達たちとは、完全系列をばりばり使う人々を「矢印遣い」というあだ名で呼んだものだった。

 結局、完全系列とは馴染めないまま、数学科を卒業した。

ところが、執筆する本の企画のためにこの歳で完全系列に再会することとなった。企画の参考のために数論の本を読んでも、代数幾何の本を読んでも、完全系列がふんだんに出てくる。しかも、どの本でも、最初のほうに登場する場面では、「そんなもん、定義通りに計算したほうが早いやん」と思うような証明を完全系列でわざわざやっている。またまた、「5%の反発」とも再会することとなった。

 でも最近、いくつかの定理の証明を読んで、「完全系列って、本質的な道具なんだな」と感じられるようになった。例えば、リーマン面に関する「リーマン・ロッホの定理」というのがある。これは、例えば、リーマン面(球とかトーラスとか)に定数でない有理型関数があるかないか、とかがわかっちゃう定理なんだけど、証明の重要な部分に完全系列が使われる。それはおおざっぱには、次の原理を使う。

先ほど例に出した完全系列 0 \rightarrow A \rightarrow B \rightarrow C \rightarrow 0で考えよう。ここで、A, B, Cがベクトル空間としよう。すると、

(Bの次元)=(Aの次元)+(Cの次元) (すなわち、dimB=dim A+dim C)

が成り立つことになる。これをうまく使うとリーマン・ロッホが出てくるんだな。

この定義の証明は、完全系列に慣れるとそこそこ簡単になる。準同型f_3に注目すれば、準同型定理から、BKer (f_3)で割った商集合B/Ker (f_3)が、Im (f_3)と同型になる。上に書いたようにf_3全射だから、Im (f_3)=C。したがって、商集合B/Ker (f_3) Cと同型。一方、完全系列だからIm (f_2)=Ker (f_3)であるから、商集合B/Ker (f_3)B/Im(f_2)と書き換えられる。ここで、 f_2単射であることを思い出せば、Im( f_2)Aと同一視できる。まとめる、B/A Cと同型だということになる。ここで次元を考えれば、dimB-dim A=dim Cとなるから、証明が終わる。

 こういうことだと理解すると、「なんだ、ベクトル空間の話やん。だったら、線形代数のときに、もっと意識的にこれをやっときゃいいやん」という思いに至った。もちろん、線形代数は数学科以外の理系でも必須アイテムだから、完全系列を意識的に投入するのはうまくないだろう。でも、「数学徒向けの専門書では、まず線形代数の解説の中で完全系列を初歩から書いて、その上で先に進みゃいいやん」とは思うのだ。まあ、これに類する目的で、世の専門書では簡単なことをわざと完全系列で証明してみせているんだと思うけど、「新しい素材」+「新しい武器」は、凡庸な人間にはハードルが高すぎる。だったら、「よく知っている線形代数」+「新しい武器」のほうがずっと適切だ。

 などと不平不満を述べてたら、そういう本を見つけてしまった。有木進『加群からはじめる代数学入門』日本評論社がそれだ。

この本は、ベクトル空間からはじめて、多項式環、有理整数環、非可換環加群の世界を進んでいく。秀逸なのは、第1章で、線形代数を完全系列という「日常言語」で再現してくれていること。こういう本こそ、求められている本だと思う。例えば、この本には、さきほどのdimB=dim A+dim Cを、準同型定理を使わずに、ベクトル空間の素朴な表現を使って証明してくれてる。至れり尽くせりだ。

 奇遇なことにも、有木さんはぼくと数学科の同期だった(と思う)。しかも、バイト先も一緒だった。同期がこういう待望の本を書くとは巡り合わせだと思う。ついでながら、有木さんは、最初のほうに書いた「矢印遣い」同級生ではないので、誤解なきようにね。

 まだぼくは完全系列とか準同型についての本は書いていないけど、抽象代数の本は上梓しているので、販促しておこう。以下である↓。(面白い本だじょ)

 

 

 


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