今夜のワインは、リースリングの白ワイン。Roche Calcaireというもの。爽やかで、今日の気候にはちょうど合う。
それにしても、最近の民放のテレビ番組のつまらなさはとんでもない状態で、NHKしか観なくなってもうた。NHKにもいろいろ政治的な意味で問題の大きい部署もないことはないが、総じてすばらしいクオリティの番組を作っていると思う。昨夜にやってた初音ミクの特集とまふまふさんの特集はすばらしかったし、映像の世紀で特集したメルケルの回は感涙ものだった。NHKスペシャル「数学者は宇宙をつなげるか」は、テレビで最先端の数学を紹介する、という野心的な試みで、(成功か否かはさておき)、その志に拍手を送りたいと思う。中でも絶賛したいのは、ドラマ「しずかちゃんとパパ」だ。最初は何の予備知識もなく、単純に、吉岡里帆ちゃん目当てで観始めたんだが、回が進むごとにその見事なシナリオと演出に感動するようになった。聾唖の親を持つ子供たちが背負うさまざまなことをテーマにしてた。非常に丁寧な制作で、ドラマとはこうあるべしというものだった。
さて、今回は、「ラマヌジャンのL関数」のことを書こう。参考書は小山信也『素数からゼータへ、そしてカオスへ』日本評論社だ。
ラマヌジャンは、「2次のオイラー積」というものすごい発見をした。オイラー積とは、その名の通り、オイラーが発見したもので、自然数のs乗の逆数和
が、全素数の式として、
の素数pすべてにわたる積
と表される、いうものだ。これを真似て、ディリクレがL関数というのを考えた。L関数とは、
というタイプのゼータ関数である。例えば、簡単なL関数として、
・・・(1)
がある。ちなみにこの式では、プラスとマイナスが交互になってて、4で割った1余る奇数ではプラス、4で割って3余る奇数ではマイナスになっている。ディリクレはこのL関数のオイラー積を考えた(オイラーも知ってたらしいけど)。この式のオイラー積は、
の奇素数pすべてにわたる積 ・・・(2)
ここで関数は、
が
型素数のときは
、
型素数のときは
となるもの。どちらのオイラー積も、分母が
の1次式になっているから、「1次のオイラー積」と呼ばれている。
さて、ラマヌジャンはどうやって「2次のオイラー積」を発見したか。それは、
という式を展開することから出てくる。この式は、愚直に書くと、
これをの多項式として展開して、
の係数を
と定義する。すなわち、
ということ。を求めるには、
を途中までで打ち切って展開し、それ以降には出てこない
に対して、係数を決定して行けば良い。
実際に求めてみると、次のようになる(らしい)。
ラマヌジャンは、この係数たちを分子に乗せて、L関数を作った。すなわち、
という関数だ。そして、このL関数が「2次のオイラー積」を持つことをラマヌジャンは見つけちゃったんだね。以下のようなものだ。
の素数pすべてにわたる積
この分母は、だから、
の2次式になっている。すなわち、「2次のオイラー積」というわけだ。
なんで「2次のオイラー積」が出てくるんじゃろ、と昔から不思議だったけど、この度、小山先生の『素数からゼータへ、そしてカオスへ』を読んで、初めてそのからくりを理解できた。
まず、「1次のオイラー積」が出てくるからくりは、関数の性質「乗法的」と「完全乗法的」にある。が互いに素な
に対して、
を満たす場合が「乗法的」、任意の
に対して
を満たす場合が「完全乗法的」と定義される。上のほうで紹介したL関数では、
は、
が偶数なら0、4で割ると1余る奇数なら1、4で割ると3余る奇数なら
と定義される。このとき、
は「乗法的」かつ「完全乗法的」となる。だから、(2)は(1)と一致する。なぜなら、無限等比数列の和の公式から、
だから、例えば、が分母の分数は、
から、
と
の積で出てくるが、「完全乗法的」から、
となってうまく行く。これが「1次のオイラー積」をつかさどるからくりなのだ。
一方、ラマヌジャンのは「乗法的」だが、「完全乗法的」ではない。実際、例えば、互いに素な2と3については、上に書いた数値から、
となるが(これはめっちゃ不思議だ)、
である。
(この辺で、赤ワインに切り替わった)。
では、「完全乗法的」が成り立たない代わりに何が成り立つのか。これを発見したのがラマヌジャンの天才性だと言える。それは、に対して、
・・・(3)
が成り立つ、というのである。例えば、、
である。よくこんなことに気づいたと驚嘆する。
なら「完全乗法的」になるが、
を引いている分だけ、ズレが生じている。このズレが、「2次のオイラー積」を生み出す源になっているというわけなのだ。おおざっぱに言うと、
の総和を作る際、上記の(3)を使って変形をほどこすと、ズレの部分に再び
の項が現れ、それを左辺に移項することで2次の部分が生成されることになる。似た現象で言うと、積分計算で部分積分すると右辺に同じ積分が出てきて左辺に移項すれば値が求まっちゃう、みたいな感じ。詳しくは、『素数からゼータへ、そしてカオスへ』で勉強して欲しい。繰り返しになるが、「完全乗法性」から少しだけズレることが、高次のオイラー積という魔法を作り出す呪文の役割を果たすわけなのだ。すごすぎるね。
が「乗法的」であることと(3)を満たすことは、ラマヌジャンが見抜いて「予想」したのだけど、それを証明したのは、モーデルという数学者だ。予想の翌年(1917年)のことだった。その証明の武器は、モーデル作用素というものだ。
ラマヌジャンのは、「保型形式」という性質の関数に属する。それを一般化したものが「マース波動形式」というものらしい。マース波動形式に対しては、モーデル作用素を発展させたヘッケ作用素というのを使って、「2次のオイラー積」を持つことが証明できるとのこと(これも『素数からゼータへ、そしてカオスへ』で確認しよう)。すばらしすぎる。
関係ないけど、ぼくが初めて「マース波動形式」という名称を目撃したのは、たしか黒川信重さんの本だったと思う。そのときは、「これは、黒川さん一流の冗談だな」と誤解してしまった。だって、「マース波動」なんて、宇宙戦艦ヤマトに出てくる「波動砲」を想起させたから(笑)。いやあ、ほんまものの数学用語と知ったときはまじでのけぞった。
さて、L関数の「1次のオイラー積」とそれが何に役立つかについての、それなり詳しい説明は、拙著『素数ほどステキな数はない』技術評論社を読んで理解してくれたまえ。(販促、販促)