今週末、7月6日に、『完全版 天才ガロアの発想力』技術評論社が刊行される。これは、2010年に刊行された拙著『天才ガロアの発想力』技術評論社の完全版だ。
何が「完全」なのかというと、旧版では収録できなかった「ガロアの定理」の完全証明を収録した、ということである。その辺の事情を説明するために、まずはこの新版の「はじめに」を公開しよう。
完全版「まえがき」
本書は、2010年に技術評論社から刊行した『天才ガロアの発想力』の新版です。旧版に対して、大変大幅な加筆をしました。目的は、「ガロアの定理」の完全証明を収録することでした。
旧版では完全証明を諦めしました。理由は二つです。第一に、ページ数が限られるので証明を書き切るが難しかったこと。第二に、当時入手できていたガロア理論の資料では、一般読者でも理解できるレベルの完全証明を解説する自信がなかったこと。それで旧版では、完全証明を諦め、かわりに位相空間のガロア理論(本書の第8章)を導入することにしたのです。旧版は多くの読者に評価された一方で、証明の欠ける部分を残念に思う読者も多く、著者として無念に思っていました。
嬉しいことに新版が企画された今回、前述の二つの困難が解決しました。まず、ページ数を大幅に増やすことが了承されました。その上、旧版刊行後に、ガロア理論に関する良書が見つかったり、新たに刊行されたりして、一般読者もがんばれば理解できるレベルの証明を解説できる見通しが立ったのです。そこで、本書は「完全版」と銘打つことになりました。
旧版との大きな違いは、ベクトル空間を導入して「ガロアの基本定理」の完全証明を解説したこと、四則とべき根で解けない具体的な5次方程式を証明とともに紹介したこと、「アーベルの定理」の証明を収録したことです。
(以下は、旧版まえがきの一部の再録です。)
これから、皆さんには、約200年前に生まれたフランスの少年に恋をしていただこうと思います。名前は、エヴァリスト・ガロアといいます。彼は二十歳の朝、銃による決闘で命を落としました。決闘前夜に書いた遺書は、なんと一編の数学論文でした。そして、その論文で生み出された数学理論は、その後、ガロア理論と呼ばれるようになり、現在に至るまで数学を刷新し続けているのです。ガロアが解いたのは300年も未解決の問題でした。「2次、3次、4次方程式は四則計算と2乗根、3乗根などのべき根をとる操作で必ず解くことができるが、5次以上の方程式ではそうはいかない」というものです。このことを突き止めるためにガロアは、「群論」と呼ばれる全く新しい数学を編み出したのでした。n次方程式のn個の解の「区別のつかなさ」を群によって表現し、方程式の解法に接近したのです。
この本で最も書きたかったことは、不良で生意気ではねっかえりで、純粋で無軌道という、ガロア少年のかっこよさです。読者の皆さんも、そんなガロアとそして数学そのものに恋をしてくださいませ。
もう少し旧版についての事情について補足しよう。
実は2011年がガロア生誕200年にあたり、そういう意味で、2010年のうちに書店に並べたい、という出版社の意向があり、執筆をせかされていたのだ。十分に時間があれば、資料を集めて、ガロアの定理の(数学や物理の学生以外の)一般の人にも読解できるレベルの証明を構築できるのかもしれなかったのだけど、本当に時間がなかった。
また、ガロア生誕200年は当然、他の出版社の編集者も企画として狙っており、次々とガロア関係の本が刊行されている状況下だった。
そんな中ぼくは、もちろん、それらの本と自分の本を差別化したいと強く望んだ。それでガロアの定理の証明を完全化するよりも、「位相空間のガロア理論(被覆空間のガロア理論)」を紹介することで独自性を出そうと企てた。そのため、余計にページ数が制限されることになり、ガロアの定理の完全証明を放棄することになってしまった。
でも、アマゾンの書評などで、証明を端折っていることを残念がる(あるいは酷評する)レビューもあがり、ぼくなりに後悔が募ることとなった。
それで今回の完全版では、証明を完全に書ききることを遂行したのである。ページ数も大幅に増えてしまったし、内容も旧版よりずっと難解になったことは否めない。でも、難解なところは読者がスキップすればいいだけのことだ。ぼくとしては、積年の思いを果たすことができた。
今回導入したガロアの定理の証明は、ぼくが知っている範囲で、最も予備知識のいらない、最も一般人にわかりやすい証明だと思う。それが書けたのは、旧版後に刊行された(あるいは、以前に刊行されていたが知らなかった)ガロア理論の教科書を入手したおかげだ。それらについては、次回のエントリーで紹介したいと思う。
旧版を持っている人にも損をさせないつもりなので、是非、書店で手に取って中身を見てほしい。