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『楕円曲線と保型形式のおいしいところ』のおいしいところ

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 今、D.シグマ『楕円曲線と保型形式のおいしいところ』暗黒通信団を少しずつ読んでいる。これは、息子が父の日のプレゼントに買ってきてくれた本なのだ。

 というのも、以前、息子がコミケに行くとき、暗黒通信団のブースも見てくる、というので、この本の購入を頼んだのだ。しかし、残念ながら本書は売り切れになっていた。まあ、別にどうしても欲しいわけではなかったので放置していたのだが、最近、ぼくがアマゾンからコブリッツ『楕円曲線と保型形式』丸善出版を取り寄せて眺めているのをみて、息子は急に思い出したらしく、書店でD.シグマ『楕円曲線と保型形式のおいしいところ』暗黒通信団を探して買ってきてくれたのだ。

楕円曲線と保型形式のおいしいところ

楕円曲線と保型形式のおいしいところ

 

 そうして読んでみたら、ぶっとんだ。これこそがぼくの求めている本だった。

 著者のD.シグマ氏は、誰だか知らないが、最先端の数学者かそれに匹敵する院生だと思う。あまりに数論のことがよくわかっている。

 なにがすごいかというと、わずか79ページ(しかも小型の本)で、楕円曲線と保型形式の「おいしいところ」を書ききっていることだ。もちろん、こんなページ数ですべてを丹念に説明できるわけないので、証明をはしょってる部分が大半だが、これぞという定理には証明をつけてあるし、あるいは証明のアウトラインを書いてくれている。こういう芸当は相当な知識と筆力がないとできない。

 楕円曲線というのは、(yの2乗)=(xの3次式)という方程式で定義される曲線で、複素数の空間ではドーナツ型になっている。楕円曲線上の有理点には、「足し算(アーベル群)」を導入できる。実は、この足し算を使った暗号が実用化され、暗号通貨で利用されている(拙著『暗号通貨の経済学』講談社選書メチエ参照のこと)。

 一方、保型形式というのは、モジュラー変換(複素平面の分数変換の一種)に対してある種の不変性を持つ関数だ。

 この楕円曲線と保型形式という生まれの全く違う存在が、ゼータ関数を仲立ちにしてつながってしまう、というとんでもないことがわかったのだ。そして、このことが、フェルマーの最終定理を解決する源となったのである。

 しかし、このことを理解するのはものすごく敷居が高い。ぼくも、けっこうな時間をかけて勉強しているのだが、片手間だとなかなか急所の理解に到達しない(数学の専門家じゃないから、細部まで理解する欲求はない)。しかし、このD.シグマ氏の本では、ひょっとするとそれが可能になるかも、という予感がある。

 本書の「おいしいところ」を箇条書きにしてみる。

1.基本的に具体例で説明しているので、直感的な理解が可能。

2.  楕円曲線のアーベル群構造の証明が、通常の方法ではなく、ワイエルシュトラスのp関数によるパラメトライズを使っているので、めっちゃ簡単(ぼくはこの証明法を知らなかった。プロの間では普通なのかもしれない)。

3. 保型形式の説明も、具体例を基本に据えているので、直感的な理解ができる。

4. 楕円曲線から作るゼータ関数と保型形式から作るゼータ関数の一致がどのように証明されるのか、おおよそ説明されている。

5. 谷山予想のワイルズによる解決がどのような仕組みでフェルマーの最終定理を系として与えるのかが、他のどの啓蒙書よりも詳しく、他のどの専門書よりもわかりやすく書かれている。

 この5点を知るだけで、この本がどんなに面白い本か伝わることだろう。

とりわけ、4の楕円曲線から作るゼータ関数と保型形式から作るゼータ関数の一致については、「p進表現のテイト加群へのガロア表現」を用いて示されることが(それなりに)わかりやすく説明されている。p進数という実数と別の距離空間を通り、そこでのガロア群の構造を見ると楕円曲線と保型形式がつながるなんて、数世界ってなんて良くできているんだ、と思わず叫ばずにはいられない。これが、ぼくがずっと知りたかったことのひとつだ。

 そして、5のフェルマーの最終定理についての解説は、感涙むせぶ。フライの考え出したフライ曲線という楕円曲線に関して、それが保型形式からこない(モジュラーでない)というリベットの証明の概略が書かれている。これはぼくが読んだどの啓蒙書にも書かれていなかったことだ(専門書ではない。念のため)。さらには、ワイルズの谷山予想の証明のアイデアの急所も書かれている。これも、ぼくが読んだどの啓蒙書にも書かれていなかったことだ(専門書ではない。念のため)。

 そういう意味で、本書は、タイトルに偽りなく、「おいしいところ」を書きまきくったおいしい本だと思う。

 最後に序文(1ページ)の最も「おもしろいところ」だけ引用しよう(営業妨害してやる)。

現代では、このFermatの台詞を記述式の試験に適用できると勘違いしてしまった理系大学生が、余白は十分ある期末テストの解答用紙にこの台詞だけを記した結果、次年も同じ授業を受けることになるという悲劇が後を絶たない。なお、アンサイクロペディアでこの台詞について調べると、「驚くべき証明を見つけたがそれを書くには余白が狭すぎる(英文は省略)とは数学における証明の手法のひとつ、だがそれを完全に説明するには余白が狭すぎる」と記載されているが、情報にはとかくガセがつきものなので十分に注意していただきたい

 実は来週末に、ぼくの『天才ガロアの発想力』の「完全版」が刊行されるのだ。事前にこのD.シグマ氏の本を読んでいれば、ガロア表現のことを挿入できたのに、とちょっと残念だった(とさりげなく、宣伝をしておく。ちゃんとした宣伝は、次回にエントリーする)。

 

 

 

暗号通貨の経済学 21世紀の貨幣論 (講談社選書メチエ)

暗号通貨の経済学 21世紀の貨幣論 (講談社選書メチエ)

 

 

 


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