前回も書いた通り、素数についての啓蒙書を書く準備をしているので、いろいろ資料を集めている。「リーマン予想」にかかわるゼータ関数関係は、黒川先生の著作がたくさんあり、それでカバーできるので準備は十分。でも、「双子素数」関連の解説も入れたいと思っている。双子素数とは、3と5、11と13のように差が2の素数のペアのこと。「双子素数は無限組ある」という予想が「双子素数予想」だ。
双子素数予想に関しては、ここ数年で、非常に大きな進展があった。「差が246以下の素数のペアは無限組ある」という証明が得られたのだ。これはめちゃめちゃ大きな進展である。この証明には、「ふるい法」という方法論が使われるので、この最新の結果の解説自体は(ぼくの能力的に)不可能であるにしても、「ふるい法」そのものはなんとか解説したいと思っている。最も有名なものは「エラトステネスのふるい」で、これは多くの人がご存知だと思う。他に、ブルンのふるいや、セルバーグのふるいなどがある。
「ふるい法」をなんとか理解したいと手に入れたのが、Cojocaru&Murty「An Introduction to Sieve Methods and Their Applications」という洋書である。

An Introduction to Sieve Methods and Their Applications (London Mathematical Society Student Texts)
- 作者: Alina Carmen Cojocaru
- 出版社/メーカー: Cambridge University Press
- 発売日: 2005/12/08
- メディア:ペーパーバック
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「ふるい法」の和書は、非常に難しくわかりにくい本が多いのに対して、この本はとても読みやすいし、しかもかなり新しい結果も収められていて良い本だった。
例えば、ほぼ冒頭に、「ベルトラン&チェビシェフの定理」のラマヌジャンによる証明が解説されている。しかも、相当わかりやすくて感動する。
「ベルトラン&チェビシェフの定理」というのは、ベルトランが予想してチェビシェフが証明した定理で、「n≧1のとき、n以上2n以下に必ず素数が存在する」というものだ。チェビシェフはθ(x)という関数を使って、これを証明した。θ(x)とは、「x以下の素数の対数値の総和」である。
それに対して、ラマヌジャンは、ψ(x)という関数を利用している。ψ(x)とは、「1以上x以下の素数べき(pのm乗)たちに対し、その素数の対数値(log p)を加えた総和」である。
ラマヌジャンは、非常に初等的な方法で、
ψ(x)-ψ(x/2)+ψ(x/3)≧(log 2)x+(log xに比例程度の関数)
ψ(x)-ψ(x/2)≦(log 2)x+(log xに比例程度の関数)
を証明する。そしてこれらから、ラマヌジャンは、
ψ(x)-ψ(x/2)≧(1/3)(log 2)x+(log xの2乗に比例程度の関数)
を証明した。ざっくり言えば、「ψ(x)とψ(x/2)との差が、xの1次関数ぐらいの水準で開いていく」、ということだ。したがって、「十分大きいxに対して、xとx/2の間には、必ず素数べきが存在する」ことがわかる。そこで、ちょっと考えると、これから「十分大きいxに対して、xとx/2の間には、素数が存在する」こともわかるのだ。
理解できてみると、「さ~すが、天才ラマヌジャンだなあ」と思わずうなってしまう証明方法である。なみの数学感覚じゃ思いつかない。
まあ、このブログにきちんと証明を書ききるのは難しいので、きちんと理解したい人は、ぼくの本が刊行されるのを待ってほしい。(前掲の洋書を読んでもいいけど、けっこう飛躍があって、それを自分で埋めるのは慣れてないと苦労すると思う)
実はラマヌジャンは、この定理を改良して、次の定理を証明した。
ラマヌジャンの定理
x≧2, 11, 17, 29, 41,・・・のとき,π(x)-π(x/2)≧1, 2, 3, 4, 5, ・・・がそれぞれ成り立つ
ここでπ(x)はx以下の素数の個数を表す。 したがって、π(x)-π(x/2)≧1というのがベルトラン&チェビシェフの定理を表す不等式だが、ラマヌジャンは、「xとx/2の間に素数が少なくとも1個ある」だけではなく、「十分大きいxに対しては、いくらでも多く存在できる」を示したわけだ。実際先ほどのψ(x)の不等式から、こういうことが成り立つのはなんとなく想像できるだろう。ここで、定理の最初のところに登場する「2, 11, 17, 29, 41,・・・」というのが、「ラマヌジャン素数」と呼ばれるものである。きちんと言うと、「π(x)-π(x/2)≧kとなる最小のx」のことだ。ラマヌジャンの定理によって、「ラマヌジャン素数は無限に存在する」ことがわかる。
ラマヌジャンとラマヌジャン素数については、拙著『世界は素数でできている』角川新書のコラムを参照してほしい(このエントリーより情報量がわずかに多いだけだけなんだけど)。
次回は、同じ洋書から、双子素数についてのことをエントリーする予定。