まず最初に、ぼくが登壇予定のシンポジウムの宣伝をしよう。
『社会的共通資本と未来』寄附研究部門開講記念シンポジウム
(タイトル)社会的共通資本のあり方とその未来を考える
(開催概要)2022年7月23日土曜日 13~17時
これは、今年、京都大学に創設された宇沢先生の社会的共通資本の理論に関する寄付講座の開講記念のシンポジウム。詳しいことは、プログラムと聴講の申し込み方法が確定したらここにエントリーしたいと思う。ふるってご参加いただきたい。
さて今回は、以前のエントリー、資本主義の方程式およびケインズ消費関数のどこが間違いかに続いて、再度、小野善康『資本主義の方程式』中公新書を紹介したい。したがって、これを読む前に、リンクを貼った2つのエントリーを読んでおいてほしい。
小野さんのこの本の大きなウリは、国際経済学の解説が導入されていることだ。小野さんは、これまでも数冊、国際経済学の解説書を上梓してきたけど(例えば、『景気と国際金融』岩波新書)、不況理論の方程式として国際経済バージョンの方程式を提供したのは初めてじゃないかと思う。
本書における小野さんの解説はおおまかには次の3点である。
1. 国際経済でも、基本方程式が小さな修正で成り立つ。
2. 成長経済と成熟経済では、成長戦略や経済政策の効果が真逆になる。
3. 普及している旧ケインズ経済学のマンデル・フレミング・モデルは根本的に間違っている。
今、日本の世の中ではインフレが取り沙汰されており、連日、テレビで取りあげられ、日銀の金融政策がやり玉にあがっている。1~3について説明する前にまず、この点に関連する小野さんの記述を引用することにしよう。曰く。
成熟経済では、資産選好が消費選好よりも強くなっているため、貨幣供給量が増えても人々は資産を貯めるだけであり、モノの購入を増やそうとはしない。そのため、金融緩和は物価にも経常収支にも何の影響も与えず、円安圧力も生まれない。このような成熟経済での金融緩和の無効性は、第3章で議論した閉鎖経済での結論とも整合的である。
(ちなみに、閉鎖経済とは、貿易を考えない鎖国状態の経済のこと。他方、開放経済が貿易のある経済)。テレビニュースでは、「アメリカの金利が高く、日本の金利が低いため、その金利差から円安になって行く」ってなことをエコノミストがこれみよがしに解説しているけど、小野さんが「それは嘘だぜ」ということを書いている、為替についての説明も引用しよう。
開放経済における景気の動きを考えるとき、為替レートの絶対水準(1ドルが何円か)と変化率(年率何%で変化するか)の働きをはっきり区別する必要がある。(中略)。
為替レートの変化率は、国内資産と外国資産との利子率の違いを埋めるものである。開放経済では、国内外の金融資産を自由に選択できるため、両者の利子率に違いがあれば、不利な資産を有利な資産に交換しようとして、巨額の資産がすぐに動き出す。いま、ドル建て債券の円換算での利子率を考えると、それは、ドル建ての利子率とドル円交換レート(1ドル何円)の変化率(1ドルが円換算で年率何%上がっていくか)の合計となる。この値が、世界中の投資家の資産選択行動によって、円建て債券の円建ての利子率と一致するように、為替レートの変化率が決まる。つまり、為替レートの変化率は、2つの通貨建て利子率の差をカバーしている。
これは小野さんの個人的主張ではなく、国際経済学の教科書なら必ず書いてあるロジックだ。このロジックを現状にあてはめるなら、「今現在、アメリカの金利が高く日本の金利が低いから、これから円安になっていく」というのは間違いということになる。なぜなら、円で貯蓄すると金利が低くおまけに円安になって減価するというのが本当なら、誰も円など保有しなくなる。それでは円を売ってドルを買いたい人に対して円をドルで買ってあげる人など誰もいなくなるはず。それでは為替取引が成立しない。円をドルで買う人がちゃんと存在するのは、「これから円が高くなる」と推論している人が(逆の推論の人と同数)いるからに他ならない。そういう意味で、均衡では、円保有はドル保有と無差別になるということなのだ。
さて、それでは国際経済の基本方程式を紹介しよう。そのためにまず、「国民所得と総需要の関係式」を作る必要がある。それは、
経常収支=
という式だ。ここで、は対外純資産を表す(外国人が日本の資産を保有している分はマイナスとカウントする)。したがって、それに実質利子率を掛けたが「所得収支」になる(利子・配当純取引)。一方、は国内総生産。は消費需要と政府需要と投資需要の和であり総需要にあたる。したがって、は貿易収支(輸出-輸入)にあたる。この値がプラスなら、生産物から総需要を取り除いても余りが出るから、それは輸出が輸入を超過する分になり、マイナスなら逆になる。
小野さんは、この式を「経常収支=0」という等式にしている。それは、経常収支がプラス(黒字)なら、円高の方向に為替レートの調整が生じ、経常収支が0になるまでそれが続くからである。つまり、この式は、瞬間瞬間で成り立つものではなく、為替レートの調整後の「市場均衡」下で成り立つ式ということだ。この等式から、結局、
という等式が導かれる。その上で、基本方程式は閉鎖経済の場合と同じで、
where
となる。詳しくは、資本主義の方程式のエントリーを参照してほしいが、は「時間選好率」(消費を先延ばしにするときのご褒美分)、は「インフレ率」。そして、は「資産プレミアム」(資産を保有することによって得られる効用)。これは普通、資産保有額にも依存するが、成熟経済では資産には無反応になると仮定される。は供給能力(完全雇用で達成できる生産水準)。これと現実の総需要の開きに応じて、デフレやインフレが起きることを表すのがwhere以下の式の意味だ。
したがって、消費関数は、の制約の下で、をについて解けばよい。詳しくは、ケインズ消費関数のどこが間違いかを読んでほしいが、が45°線と交わるところ(ケインジアンクロス)を求めればよい。閉鎖経済と異なるのは、の存在だけだ。
したがって、政府支出を増やすと直線が上方にシフトするので、総需要は増加し、国内総生産は増加する。「財政政策が景気に効く」ということが結論できる。これはマンデル・フレミング・モデルと真逆の結論となっている。
さらに、小野さんはこの基本方程式を使って、「国内企業が生産性を向上させると、かえって景気を悪化させる」という一見パラドキシカルな結論を導いている。「成長戦略」なんて逆効果だ、ということだ。言葉で説明している部分を引用しよう。
成熟経済なら、すでの消費が十分に大きく、資産選好が強くなって消費意欲が下がっているから、消費が伸びず、生産の増加分がそのまま経常収支に積み上がって、過度な黒字化が起こる。これは円高を呼び、自国製品の国際価格が上昇する。円高は、自国製品の国際価格を以前の水準にまで押し上げ、海外需要をもとの水準に引き下げるまでなっても、まだ終わらない。その理由は同じ量を作っても生産性上昇で雇用が以前より減っているため、デフレが以前より悪化し、それが国内消費を低く抑えて国内製品への総需要が以前より下がり、経常収支の黒字が残ってしまうからである。そのため、円高がさらに進んで自国企業が以前より国際競争力を失い、生産がもとの水準より下がって、ようやく経常収支のバランスが回復する。その結果、デフレも消費も雇用も、すべて以前より悪くなってしまう。
以上のことはもちろん、基本方程式を用いて、ちゃんとモデルの中で導出している。それは本を参照してほしい。あと、マンデル・フレミング・モデルの間違いについても本を参照してもらいたい。
正直に告白すると、国際経済学はぼくの中では鬼門で、今まであまりちゃんと理解しないで来た。けれども、小野不況理論を材料にすることで、今回、かなりの理解に達することができた。その勢いで、小野善康『国際マクロ経済学』岩波書店まで購入してしまった。この夏はこの本で、国際マクロ経済学を自分のものにしようと思っておるのだ。